Tiestoと客観性
Tiestoは、ティエストと読みます(呼びます)。
1997年ぐらいから、現時点でも20年以上のファンです。
主にヨーロッパで活動しているDJです。
日本では知らない人のほうが圧倒的に多いです。
このジャンルの音楽が好きな日本人を除けば。
世界的DJといえば、例えば、テイラースウィフトの彼氏であった、カルヴィンハリス、日本にもファンが多いアンダーワールドなどがいます。
しかし、Tiesto
トランスやEDMを世界的に普及させた貢献度は世界一かもしれません。
DJ活動期間すべてを通算した売上も1位なのではないかと個人的には考えています。
Tiesto(アンダーワールドなどもですが)の仕事は、常に徹底されていて、とにかく良いものを世に送り出そう。
偏りがなく、ブレがありません。
ところで、タイトルにした「客観性」については、偏りがない。ブレない。を指しているのでは、ありません。
映像
および
音声上の声・話
を指しています。
私は、こういった音楽が昔から好きで、小学生、中学生の頃、マイケルジャクソンの歌のうまさ、楽曲の良さ、コンピューター音の取り入れ方、リズム、重ね方、全て飽きの来ない、神業にほれ込み、聞きまくっていました。
例えば、マイケルジャクソンもそうなのですが、情熱的であっても、決して、映像上、興奮(感情的であるとは違う)していません。私からみると。
これが簡単なようで、簡単でないことは、
他のアーティストやDJを見ると、分かります。
もちろん、それが良い場合もあるはずなので、単なる個人的な好き嫌いの話かもしれませんが。
Tiestoの場合、そのライブ(自分が現に今しているDJ)を楽しんでいるのは分かりますし、その場にDJとして馴染んでいることも分かります。
ところが、それ以上を絶対にしないのです。
これにはいつも感心させられます。
映像で見ているこちらは、Tiesto、観客、曲、3つに注力しているので気づかないことがあります。
それは、Tiestoにとって、重要な意味を持つライブ、想い入れがある曲、感情移入したい場面、などです。
変な表現ですが、それが良い意味で分からないのです。
それ以上を絶対にしないからです。
くどいようですが、それは他のDJの映像を見ていると気づくことです。
誰よりも第一線で長続きしている秘訣は、これなのかな、そうも思っています。
もちろん選ぶ楽曲、さらに作曲なども手掛けますが、過去から現在において、それが一流であることはいうまでもありません。
この点は他のDJも同じです。
違いは上のとおり。それが客観性ということでしょうか。
日本の酒造りにもこうした客観性があるのではないでしょうか。
それ以上は「できても」「しない」、遊ぶ「けど」「興奮しない」、などです。
#Tiesto #客観性
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